音楽

サッカーへの不満 - 2010/08

 ワールドカップは盛り上がりましたね。日本は大健闘でしたが世界との差も痛感させられました。それはそれとして、人気のサッカーなんですがどうしても気に食わない点があります。外野からのぼやきですが…。

 まず第1にシュートを決めた選手が自分を指差して「俺が決めた!」のポーズで走り回る姿いやですね。「お前が決めたのは分かってるよ、すごいよお前は!だけどそんなにはしゃぐなよ。」と言いたくなりませんか。そしてあのブブセラとかいう楽器のうるさいこと。ありゃあ何なんだ!どちらの応援にもなっていませんよね。あれじゃあ皆難聴になっちゃう。私は暴走族の爆音とか無意味にデカイ音嫌いです。

 それに試合が終わった後のユニホーム交換、お互いの健闘をたたえているのかも知れませんがあんな汗臭いシャツ良く交換しますね。神経が分かりません。そしてマスコミもまた問題ですね。勝つと監督は英雄扱い。負ければ犯罪者のようにバッシングです。しかし監督と言ったって試合中は殆ど無力ですよ。試合を組み立てるのもゴールを決めるのも皆選手です。監督なんかいくら大声を上げたところで選手には何も伝わりません。まあ責任者の宿命と言ってしまえばそれまでですけど。

 こんなこと今だから言えますがあのワールドカップに熱中している最中に言ったらきっとレッドカードでしょうね。

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整骨院体験 - 2010/07

 世の中がサッカーで浮かれている時に誠にふがいない話だがこの度産まれて初めて整骨院(接骨、整体ともいう)のお世話になった。

 事の始まりは4月海外旅行帰国後のことである。体調を崩し、しばらくスポーツクラブを休んだのである。体調回復後トレーニングを再開・・・したのは良いのだがウェイトトレーニングをやっていると右上腕部に軽い痛みを感じた。そのまま続けていると次第に痛みはひどくなり、更に左肘まで広がってきたのである。そこで重い腰をあげてスポーツ仲間の紹介する整骨院の門を叩いた。

 最初は素人考えで「五十肩の始まりか?」くらいに思っていたらどうやらそうではないらしい。運動のしすぎで筋肉に炎症が起きているのだそうだ。しばらく上半身のトレーニングは禁止!ということになった。治療自体は電気を当てて湿布するだけのものだがしばらく通院を続けなければならない。

 図らずも今回の筋肉痛では体力の衰え、つまり“老化”を痛感させられた。トレーニング・ウェイトはあげていないのに筋肉への負荷が増えている・・・ということは筋肉が老化したということだ。今まではこんな事はなかったのに。更に少しでもトレーニングを中断すると筋肉の衰えは思った以上に進行すると言うことも分かった。自分ではあると思っていた体力もこうして次第に衰えるのだなあ・・・と痛切に考えさせられたのである。

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「ら抜き」ことば - 2010/06

 最近日本語が乱れてきたと言われる現象の一つに「ら抜き」言葉の氾濫がある。「書く」「読む」などの場合、可能性を示す言葉として「書ける」「読める」は正しいが「見る」は「見られる」「出る」は「出られる」が正しい。しかし現実に「無料で映画が見れます」とか「ここからは外には出れません」などの表現が街中に溢れている。

 先日亡くなった井上ひさし氏の著作で「二ホン語日記」というエッセイがある。もう15年以上前に書かれたものだがその時すでに「ら抜き」ことばの氾濫を嘆いている。しかし当時の意識調査では「ら抜き」ことばが「気になる」と答えた人は40%で60%は「気にならない」と答えている。15年前でこの数字だから今調べたら「気にならない」人のウェイトはもっと高まるだろう。更に一般の人だけでなく川端康成の「雪国」でも芸者の駒子が「遊びにこれないわ」と言っている。

 学者の間でも「ら抜き」言葉を認めるかどうかは度々議論されているそうである。確かに文法的には「ら抜き」ことばは誤りであり心情的にはこんな言葉は認めたくない。しかし一方で言葉は多分に時代の流れで変わってくることがあるのではないだろうか。「ら抜き」で話す若者に向かって「君、それ違うよ!」などという勇気はない。それどころか私自身も若いプレーヤーに混じった時は「やべえ」とか「おい、マジかよ」とか国語学者が目をむくような用語を日ごろ連発しているのだ。偉そうなことは言えない。

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富士山 - 2010/05

 富士山は改めて言うまでもないが美しい山である。最近では天気の良い日は朝起きるとその姿を拝み、一日の活力の源にしている。この山は季節の移り変わりや方角によって色々な姿を見ることができるのも楽しい。先日西湖に音楽仲間と合宿にいった際、朝起きて眼前に広がった雄大な富士には一瞬言葉を失った。

 外国人にもこの山の美しさは感銘を与えるらしい。前に外人の友人が我が家に泊まったときトイレの窓から富士山が見えるのに感激し、外側の金網の戸を外して外に落としてしまった。恥ずかしそうに「みつお、富士山を見ようと開けたら戸が落ちてしまった。」と言っていたのを思い出す。

 富士山の美しさは今に始まったことではないが在職中は“セブン・イレブン”で早朝から深夜まで仕事であり時間的にも気分的にも富士山を眺める心の余裕などはなかった。こうして美しい富士に感じ入るのも歳をとったせいだろう。

 東京には50箇所近くも「富士見町」があるそうだが今では都内で直接富士を見ることのできるのは高い塔や高層ビル上だけだろう。しかもスモッグに隠れていることの方が多い。我が家からは一部欠けるとはいえ晴れていれば日々雄大な姿が拝めるのは大変幸せである。私は室尾犀星流に言わせてもらうと「富士山は登る山にはあるまじや 遠きにありて眺むるもの」と信じている。だってあんな美しい山に登ってゴミだらけの地肌を見たら幻滅を感じるだろうから・・・。

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血圧 - 2010/04

 人間ドックで必ず引っかかる項目の一つが血圧である。昨年10月の検査では、上が159、下が103であった。いつも検査で看護婦さんを前にすると必ず高くなるのだ。もう美人に心ときめかす歳ではないのだが。(とは必ずしも言えないが。)検査後医師から注意のイエローカードを頂戴し、「白衣症候群」の方もいるので平常値を把握しなさい・・・と言われた。

 そこでそれ以降毎日血圧を測定することにした。測定時間は最もニュートラルな状態の朝目覚めて直ぐとした。既に測り始めてそろそろ半年になろうとしているが意外なことに平均値は正常に近づきつつある。日によってのばらつきはある。150-90と言う時もある反面115-65なんていう日もある。大体前日深酒をして帰宅が遅かった日の翌日は高い。逆にぐっすり睡眠をとった朝は下がっている。まあ当たり前と言えば当たり前だが。

 最近気をつけている対策としては食事面で塩分を徹底的に控えることだ。大根おろしなどには醤油を抑えてお酢を入れる。また納豆に必ずすりゴマを入れる。味噌汁は止めて緑茶にする等などそれなりに工夫、努力はしている。運動習慣も以前と変わらず続いている。そのせいか、ここ一ヶ月間の平均値は132-73とほぼ正常値であった。こうなると今度は検査の日にも正常値をキープして医者に「どうだ、参ったか!」と言いたい。検査値が高いのに「いや普段は低いんです!」などと言い訳するなんてシャクだし。

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私の風邪対策 - 2010/02

 猛威を振るった新型インフルエンザもここに来て漸く下火になってきた。今度はワクチンが余ってしまって困っているとか・・・。世の中上手く行かないものだ。私は新型インフルエンザには最初から無縁と決めてかかっているので全くワクチンを受ける気はない。しかし今年に入っての異常な寒波のため風邪はすごく流行っているようだ。

 ここ数年大きな風邪は引いていないが私の風邪のタイプは喉から来る場合が多い。喉が痛くなりそうだなと感じたらまず無理をしないで早寝することが理想である。とはいえ夜のライブ続きで夜が遅い時はうがいを徹底的に繰り返すことにしている。特にお茶のうがいが効果的のようだ。

 それより怖いのは「気の緩み」である。これまでライブもなく何日かダラーっとしていると風邪を引くケースが多かった。まさに「病は気から」を実感している。だから一年中で一番風邪を引きやすい時期は正月休みと言うことになる。私にとっての風邪対策は「1に睡眠、2にうがい、3,4がなくて5に気合」ということになる。今冬はまだ風邪は引いてないのでこのまま風邪薬の世話にならず早く春を迎えたいものである。

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私の読書 - 2009/12

 今年になって読んだ本を数えてみたら11月時点で145冊、月刊誌が11冊(ジャズライフ誌)であった。現役の頃と比べると読書内容はだいぶ様代わりしてきた。かつて現役時代に主流であった経済、マーケティング、宣伝等の書は今や無縁である。大部分が軽い本ばかりであるが内容としてはエッセイ、評論が半分以上を占める。

 今年よく読んだエッセイは内館牧子や渡部淳一など。特に内館牧子は昔横浜の三菱重工のOLだったせいもあり共感を覚えることも少なくない。渡部淳一のエッセイは男女の機微を巧みに表しており、感心させられる。

 小説では圧倒的に時代小説が多い。私の嗜好としては大河ドラマ的な英雄物よりは一般庶民の哀歓を描いた内容に興味がわく。そうした意味で今年特にハマった作家は宇江佐真理である。彼女の小説の主人公は町人、商人、岡っ引きや下級武士などで物語の舞台は下町や長屋が多い。社会の底辺に生活する庶民の喜怒哀楽や恋をテーマにしている。

 この宇江佐真理という人は函館の人で「ウエザ・リポート」というエッセイも書いている。(標題は天気予報のウエザー・リポートをもじったものである。)その中の自己紹介によれば「“命の母”と“般若心経”が特効薬の更年期女性」ということらしい。作品には進学に悩む受験生を抱えた母親とはとても思えない味わいが漂っている。彼女の作品はまだ半分くらいしか読んでいないので来年も継続してハマることにしよう。

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Kamiさんを悼む - 2009/11

 また親しい友が天国に行ってしまった。kamiさんこと上平さんと始めて出会ったのは田村能里子画伯の壁画鑑賞ツアーのバスであった。二人とも“美人画家”田村能里子さんのファンでたまたまバスの臨席どうしだったのである。彼は三浦半島のタウン紙「朝日アベニュー」編集責任者を務めていた。そこで私が「横須賀といえばジャズ、何かジャズに関するエッセイみたいなものがあっても良いんじゃないですか。」と提案した。彼は「あ、それ良いですね、早速考えてみましょう。」・・・と数日後「ではみつおさん、執筆の方、宜しく!」となった。「いや、私が書くというわけではなく、そういう記事があってもいいなと言うだけで・・・。」と固辞したのだが「まあ固く考えず、1年間くらいでも結構ですから。」と上手い言葉に丸め込まれて「よこすか・オン・マイ・マインド」(わが心の横須賀)の連載を開始したのである。

 それから早や8年、連載は92回を数えることになった。その後彼からはメーリングリストの「すばる」を紹介され私の友人の輪は格段に広がった。また私の後援者としてライブの告知宣伝では大いに世話になった。8月の第6回追浜コンサート打ち上げでは共に大いに飲みかつ語り合ったのである。

 残念ながら「朝日アベニュー」紙は彼の死によって休刊となってしまった。あと8回で100回記念をやろうという話もあったのだがそれも立ち消えである。今でも横須賀に帰ると向こうから大きな声で笑いながらkamiさんが飄々と歩いてくるような気がしてならない。ご冥福をお祈りする。

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わが街海老名 - 2009/10

 朝日新聞に「街魅シュラン」という新しい街を紹介するコラムがある。最近我が海老名市が載った。要約すると神奈川県内1,2を争う人口急増地で市内のショッピングセンターは市外から集客も多い。高層マンションが林立する割にはまだ農業も活発で野菜や果実も安くて旨い。東名海老名サービスエリアや国内初のシネコンなども誇れる点である。とまあ概して好意的な評であった。

 私が始めて海老名を訪れたのは40年以上も前入社試験のとき。単線の電車に乗り、粗末な木造の駅舎に降り立つと見渡す限りの田んぼでそのはるか彼方に試験会場の会社の建物群が見えたのには愕然としたものである。まさに隔世の感がある。

 今でも土地に余裕があるせいか駅前の高層マンションやショッピングセンターが林立する割に駐車場は多く、市内の道路は空いているのはありがたい。サービスエリアの恩恵も大きい。友人に車で送ってもらいサービスエリアで下車することはしょっちゅうである。また家から10分ほどなので時には散歩がてらエリア内のレストランに食事に行ったりもする。

 こうして書くと良い事ずくめのようであるが都内のライブ終了後終電間際の電車に乗って帰る時には“汚れた空気でも良いから終電気にしないで済む都内に住みたい・・・”が本音なのです。実は。

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耐用年数 - 2009/09

 今夏は電気器具がたて続きにいかれた。アイロンとCDプレーヤー、そしてプリンターである。先ずはアイロン、これは永年勤続で表彰したいくらいだ。何しろ子供が産まれた頃購入したのでもう30年以上経っている。価格も安いもんだ。次にCDプレーヤー。このプレーヤーには日ごろスッゴク世話になっている。音も素晴らしい。設置後8年くらい経っただろうか、こちらは何と故障の原因は接触不良のようで知人が簡単に治してくれた。これも合格。

 問題はプリンターである。これは昨年の6月に購入したものでまだ購入後14ヶ月しか経っていない。電気店に運び込んだら保障期間は12ヶ月なのでそれ以降は有料になるそうだ。それはないだろう!大して酷使している訳ではないのに保障期限の切れた2ヵ月後に故障するというのはどういうことだ!何だかメーカーのみみっちい意図を感じるではないか!

 大体プリンターには恨みつらみがたまっている。大体あのインク価格の高さは何なのだ!確かにプリンター本体は大して高くないのだがインク代が1年間で1万円くらいかかる。これっておかしいではないか。概してIT関連機器は耐用年数が短い気がする。多機能、高機能化よりも耐用年数の長期化を願うのはIT音痴の私だけかしら。ブツブツ。

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