音楽

わが街海老名 - 2009/10

 朝日新聞に「街魅シュラン」という新しい街を紹介するコラムがある。最近我が海老名市が載った。要約すると神奈川県内1,2を争う人口急増地で市内のショッピングセンターは市外から集客も多い。高層マンションが林立する割にはまだ農業も活発で野菜や果実も安くて旨い。東名海老名サービスエリアや国内初のシネコンなども誇れる点である。とまあ概して好意的な評であった。

 私が始めて海老名を訪れたのは40年以上も前入社試験のとき。単線の電車に乗り、粗末な木造の駅舎に降り立つと見渡す限りの田んぼでそのはるか彼方に試験会場の会社の建物群が見えたのには愕然としたものである。まさに隔世の感がある。

 今でも土地に余裕があるせいか駅前の高層マンションやショッピングセンターが林立する割に駐車場は多く、市内の道路は空いているのはありがたい。サービスエリアの恩恵も大きい。友人に車で送ってもらいサービスエリアで下車することはしょっちゅうである。また家から10分ほどなので時には散歩がてらエリア内のレストランに食事に行ったりもする。

 こうして書くと良い事ずくめのようであるが都内のライブ終了後終電間際の電車に乗って帰る時には“汚れた空気でも良いから終電気にしないで済む都内に住みたい・・・”が本音なのです。実は。

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耐用年数 - 2009/09

 今夏は電気器具がたて続きにいかれた。アイロンとCDプレーヤー、そしてプリンターである。先ずはアイロン、これは永年勤続で表彰したいくらいだ。何しろ子供が産まれた頃購入したのでもう30年以上経っている。価格も安いもんだ。次にCDプレーヤー。このプレーヤーには日ごろスッゴク世話になっている。音も素晴らしい。設置後8年くらい経っただろうか、こちらは何と故障の原因は接触不良のようで知人が簡単に治してくれた。これも合格。

 問題はプリンターである。これは昨年の6月に購入したものでまだ購入後14ヶ月しか経っていない。電気店に運び込んだら保障期間は12ヶ月なのでそれ以降は有料になるそうだ。それはないだろう!大して酷使している訳ではないのに保障期限の切れた2ヵ月後に故障するというのはどういうことだ!何だかメーカーのみみっちい意図を感じるではないか!

 大体プリンターには恨みつらみがたまっている。大体あのインク価格の高さは何なのだ!確かにプリンター本体は大して高くないのだがインク代が1年間で1万円くらいかかる。これっておかしいではないか。概してIT関連機器は耐用年数が短い気がする。多機能、高機能化よりも耐用年数の長期化を願うのはIT音痴の私だけかしら。ブツブツ。

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人間違い? - 2009/08

 その日は新宿銅鑼でのライブの日であった。いつものように重い楽器を背に地下道を歩いていると向こうから来た中年の人から声をかけられた。「いやーお久しぶり、どこ行くの?」「今からライブなんです。」「ライブ?何やってるの。」「あの、サックス・・・。失礼ですがどこでお目にかかりましたっけ?」「ほらこの間病院でさあ、隣で牛乳とかパンとかもらったじゃない、あの時のアベだよ。」そこで思わず調子よく「ああ、あの時のね!」とは言ったものの全然思い出せない。

 病院と言うと昨年夏義父が亡くなるまで約2ヶ月入院し見舞いには何度か行っている。帰ってから毎日看病していた家内に訊けばきっと分かるだろうと思ったのである。彼は更に「俺さあ、北海道に馬持ってるんだ、今からレースがあるので場外に行くんだけど一緒に行かない?」「は、どうも。だけどライブの時間があるし・・・」「いいじゃない、少しくらい遅れたって」「いやそう言うわけには・・・」と言う訳で別れたのである。

 帰って家内に訊いたが「アベさん?そんな人隣にいなかったわよ。」と言うではないか。するってーとあの人は一体何者なのだ?すごく親しげに自信たっぷりに話していた。ともかく“病院”がキーワードなのだが・・・。これを読んでどなたか「それって俺だよ!」と名乗り出てくれないかしら。

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辻井さんの快挙 - 2009/07

 アメリカのバン・クライバーンピアノコンクールで辻井伸行さんが優勝した。パッとしないニュースが多い中でこの快挙は久々の朗報である。彼は生まれたときからの全盲だそうだ。このことは話題性アップの一助にはなったがハンディキャップが審査に好影響を及ぼすような甘いコンクールではない。彼の演奏は審査員にもオーディエンスにも大きな感動を与えたようである。

 私にはまず素朴にどうやってあんなに難しいクラシックの曲を覚えたのか?が疑問であった。何でも先生が右手と左手を別々に弾き、それを聴いて覚えこむそうである。今回演奏したラフマニノフやショパンのコンチェルトでも1~2週間で覚えたと言うのだから驚く。

 これまでも全盲のミュージシャンはいた。ただヴァイオリンのように単音の楽器は比較的旋律を覚えやすい。またレイ・チャールズのようなジャズピアニストであればもともと譜面が不要なので全盲とて暗譜はそう大きな障害にはならない。クラシックのピアノ曲では譜面どおり一音のミスもなくあの複雑な和音を演奏しなければならない。それを全て耳だけで暗譜するのは想像を絶する集中力と記憶力を要する。

 彼の父親は「これで自分で食べていけるかな」と語ったそうだ。独り立ちすれば20歳の彼にはこれから進路や生活や恋等多くの試練が待ち構えているだろう。そういう試練を乗り越えてまた更に一段とスケールの大きい奏者に育っていくのではないだろうか。

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再生水 - 2009/06

 最近のニュースの話題であるが・・・「国際宇宙ステーションで尿から水を再生する装置の運用がスタート。日本人宇宙飛行士の若田光一さんを含む3人のクルーがストロー付きパック入りの再生水で歴史的な祝杯を挙げた」とある。この水再生装置はNASAが開発し3月に行われた再生水の分析で「飲んでも健康に問題なし」と判断されてゴーサインとなった。更に今後長期滞在クルーを6名に増やす計画もあり今回の成果は画期的なものと評価されているとのことである。

 新聞に連載されている若田さんの「きぼう滞在記」によれば既に宇宙滞在は2ヶ月になるそうだが彼等はこれまで殆ど休みなしで働いているそうだ。狭いスペースシャトルでの激務の傍らでこうした人類の発展に寄与する実験にも参加している。本当に宇宙飛行士という職業は並外れた頭脳と体力の持ち主でなければ勤まらないのだろう。

 その再生水であるが実験を繰り返し、恐らく無味無臭無毒だろうことは疑うべくもない。でもなあ、自分のおしっこだぜ!私だったら試飲をパスしたい所だけど宇宙飛行士たる者はそんなことにひるむ精神力ではとても勤まらないのだろう。頭脳体力ばかりでなく精神的にもタフなのだ。今回の再生水実験を通じて改めて宇宙飛行士の方々に尊敬の念を抱いたのである。

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花粉症 - 2009/05

 今年もどうやら花粉症の季節は峠を越えたようだ。越えたようだ・・・なんて他人事のように言ってはいるが私もかつては重症の上に“超”がつくくらいの花粉症患者であった。あの苦しみはなった人でなければ分からない。夜中鼻が詰まって眠れず、朝起きればくしゃみの連続、目は真っ赤に充血し鼻水は止まらない。

 この悲惨な状況が快方に向かったのは50歳の頃か。よく人にどうやって直したんですか?と訊かれる。薬には一切頼らなかったのでどうして快方に向かったかは長い間不明であった。所が先日読んだアレルギーに関する著述にヒントがあった。そこには「アレルギーを防ぐ特効薬はないが改善する唯一の手段は適度な運動と“水かぶり健康法“である」と。つまり定期的に運動して毎日水をかぶって肌に刺激を与えることによってアレルギーに耐える体質改善ができるというのだ。

 これは著者が数々の臨床例から得た結論らしい。若干マユツバ的な感がしないでもない。だが思い起こすと私はその頃水泳教室にも入り、運動もかなり真面目にやって良くシャワーで水をかぶっていた。そのことが花粉アレルギーの症状を緩和した一因かもしれない。でも断定はできない。これを読んだ方が水かぶりを実行して効果がなくても私は一切責任を負えません。念のため。

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忘れ物グセ - 2009/03

 私はよく忘れ物をする。忘れる場所は2種類でライブハウスと電車である。ライブが終わると電車時刻が迫っているため大慌てで楽器を整理して飛び出す。時にはまだ仲間が演奏途中に「お先に失礼」をする。そうすると何かしら置き忘れるのだ。忘れた場所がはっきりしているので後日手元に戻るとはいえ、本当に周囲に迷惑をかけてしまう。

 忘れるものは楽器のパーツや譜面等であるが一度コートを忘れたことがある。家人に「あんたバッカじゃないの。外に出た時寒いので分かるでしょう!」その通りなのだが「酒飲んでたので寒さを感じなった」なんて釈明したら火に油を注ぐことになるのでただひたすら「・・・・」となる。

 もう一つ多いのが電車への置き忘れである。忘れるものは殆どが本である。急に目が覚めた時や網棚から荷物を降ろした時にそのまま置き忘れることが多い。単価としてはたいしたことはなくても図書館で借りた本などは紛失するわけには行かない。こちらも電車の遺失物センターに連絡すると大体届いていることが多い。最近の私鉄のサービスは大変行き届いており、駅員の応対も丁寧である。更に感謝するのは最寄り駅から遺失物センター(小田急の場合は経堂)の場所までの無料往復切符を発行してくれるのだ。東京に行く途中で立ち寄れば運賃が儲かってしまう。

 毎年年初に今年こそ忘れ物をなくそうと意を新たにするのだが今年に入って既に数件発生している。困ったもんだ!

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偽装音楽 - 2009/02

 オバマ大統領の就任式でヨーヨー・マ等著名音楽家達が演奏した。所があの演奏は事前に録音しておいた音を流していたのだそうである。昨年北京オリンピック開会式で少女の口パクと同様の“偽装”を指摘する向きもあるが私は止むを得ない措置だったのではないかと思っている。当日ワシントンの気温は零下6,7度。これでは指はかじかんでまともな演奏はまず期待できない。また楽器のピッチ(音程)を保つ事も物理的に困難である。特に管楽器はあれだけ寒いといくら暖めても音程は下がりっぱなしである。更に彼等の弾いている何億円もする弦楽器は確実に傷んでしまうだろう。だから同じメンバーによる事前演奏をあながち「偽装」と決め付けて非難することもできない。

 ただああした事態は予測できたのだからオルガンなりシンセサイザーなり温度に影響を受けない楽器で演奏すればよかったのではとも思う。世の中は「偽装」流行りだからせめて大統領就任式くらいはそうした疑惑なしにして欲しかった。またヨーヨー・マはああした劣悪条件下の演奏は辞退すべきではなかっただろうか。しかしその一方でこの式典では手袋をはめて「生音」を演奏しながら粛々と行進していたブラスバンドの人たちの姿があった。凛々しかった!

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朝型人間 - 2009/01

 世の中には朝型人間と夜型人間がいる。私の周囲は夜型が多いが私は典型的な朝型人間である。この習慣は在社中に植え付けられたものだろう。当時朝7時からの会議なんていうのはザラであった。ある時上司から「明日は朝早めに出社して打ち合わせしよう」と言われ、6時に出社したら「遅いじゃないか!私は5時から来ているのに。」とこっぴどく叱られた事がある。まるで剣豪小説や活劇ドラマの世界である。

 当時コピーやネーミング、デザイン等を考える仕事だったが殆どは起きてすぐの寝床の中で考えた発想が多かった。この習慣は今でも身に染み付いており早朝目覚めた時に今日のライブで演奏したい曲などが頭に浮かびメロディを追ったりする。また連載エッセイ等の内容もこの時間にまとまる事が多い。もっとも口の悪い友人からすると「ジジイになると皆早起きになるんだよ」と言う事になる。

 話は変わるが私の大好きな曲のひとつに “In the wee small hours of the morning” という曲がある。「朝の深く静まり返った暗い時間にあの娘が一番恋しくなる」という歌詞がついている。恋は夜というのが定説だがこうした早朝型のラブソングもあるのだ。もっともこの早朝の時間は夜通し起きていて朝になってしまったと考える方がよりロマンチックではあるが・・・。いずれにせよこれからも私の朝型人間のパターンは変るまい。だって良く言うでしょう「早起きは三文の得」って。

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亭主元気で・・・ - 2008/12

 朝日新聞の「天声人語」によれば夫を亡くした妻は寿命が伸び妻を亡くした夫は寿命が縮むのだそうだ。リタイアした夫は妻との共有時間を求めているのに対し、熟年妻の15%は夫に嫌悪、不愉快を感じているという。何とも恐ろしい現状である。夫は別荘を持って晴耕雨読・・・まさに「人生の楽園」的な夢を持つのに対して妻は別荘なんかで相変わらず家事なんて真っ平。気の合った友達と旅行やリゾートホテルめぐりの方がはるかに魅力的なのだ。おじさんは司馬遼太郎を読み、おばさんは渡部淳一を読む。まさにすれ違いの生活である。

 そういえば先日箱根と大山のハイキングを楽しんだが平日にも拘わらず中高年の元気な女性ハイカー達に溢れていた。スポーツクラブ内でのハイキングサークルも参加者は女性が男性を上回ってきた。また私のライブも女性客の方が多い。どの事実をとっても男性軍が元気な女性軍に追いやられている実態ばかりが目に付く。かくて今や定番となった「亭主元気で留守が良い」が益々色濃くなってくる。

 ちなみに我が家の場合は私が一日中家にいる日はわずか月に数日である。時には「たまには家にいなさい」と外出禁止令が出ることもある。そういう意味ではまさに私は「模範的亭主」(?)ではないだろうか。別名「極楽トンボ」とも言うが・・・。

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義父の死 - 2008/11

 10月19日義父が亡くなった。97歳と5日目であった。彼は歳に似合わずダンディな人で老人にありがちな気難しさはない。私が退職してから約10年間通院や買い物には頻繁に付き合い、食事を共にした。また彼は酒が好きで自宅の彼の部屋を訪れると必ず“飲んで行けよ”と1升瓶を持ち出してくる。家人が“お父さん、今日は三雄さんは飲まないの!“私も一応辞退はするのだが顔には「ノ・ミ・タ・イ」と書いてあるのかもしれない。2、3杯、いや4,5杯かな・・・いつもコップ酒をゴチになったのである。

 驚くべきはこの歳になってもボケる所か実に記憶力が良く話も面白いことだ。しかも周囲への気配りがハンパではない。何故あのように頭がしっかりしているのだろう、永年不思議に思っていたのだが死後遺品を整理していて秘訣の一端が解明した。日記である。3年式の日記で前の年の出来事と対比で来るようになっている。きれいな字でその日の出来事と寸評が克明に記されている。そして重要なことは赤い字で書かれているのだ。これが周囲への気配りと記憶力の維持の根底をなしていたのだろう。

 日記は8月の入院前に絶筆となるまで何十年も続けられたのである。さすがにここ1年くらいは足腰も大分弱まり酒もドクターストップがかかってそうは飲めなくなった。死後自宅に戻った遺体の唇には綿棒に酒をたっぷり含ませて浸してあげた。天国の歓迎会で浴びるほど飲んでください。ご冥福をお祈りする。合掌。

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近頃の若いもんは・・・ - 2008/10

 エジプトで考古学者が4000年前くらいの古い資料を発掘し、解読に成功した。そこには「近頃の若いもんはなってない・・・。」みたいなことが書いてあったそうである。要するに何千年も人類は同じことを言っているという典型である。

 私は今の若い人も捨てたものではないと思っている。しっかりした考えを持った若者は沢山いる。ただ二つだけどうも許しがたい面がある。一つはあのずり下げたズボンだ。何故あんなにみっともない格好をするのか理解に苦しむ。元伊勢丹のバイヤーだった「ファッション界のカリスマ」藤巻氏もあんなものはファッションでも何でもない、見苦しいだけと一刀両断している。まあ服装はテメエだけ悦に入っていれば良いのだが電車のシートの前の縁に尾てい骨を乗っけて座る座り方だけは止めてほしい。今の若者は足が長いだけに足が通路の中央にまでハミ出てくる。迷惑この上ない。

 元勤めていた会社の社長は仕事も厳しかったが椅子の座り方は特にうるさかった。彼が言うには座る姿勢が悪いと必ず胃腸障害や痔になるというのだ。椅子の後ろに背中を固定して姿勢を正して座ったほうが疲れにくいし見栄えも良い。こんな簡単なこと家庭でも学校でも誰も教えないのだろうか。

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暗算の効用 - 2008/09

 私が小学生の頃は今のような学習塾と言うのはなく、珠算塾が繁盛していた。当時通っていた珠算塾の先生に引率されて横須賀市の珠算競技会に参加した。読み上げ算、読み上げ暗算と言う競技会独自の種目があり初出場の私は読み上げ暗算であれよあれよという間に勝ち残り、とうとう優勝してしまった。他の種目の好成績もあり若い塾の先生はよほど嬉しかったのだろう。食事をご馳走になり帰りは皆揃ってタクシーで追浜に帰った記憶がある。
 その暗算は後に会社で会議の時等計算が速くできてそれなりに活用できた。またレストランで金額をいち早く集計できて自慢したりしたものだがこんなことは今では何の役にも立たない。今やレジでは自動的に集計ができているし電卓なんか100円ショップでも買えるのだ。
 ただ個人的な考えだが暗算は右脳の訓練に役立つのではないだろうか。言うまでもなく暗算は足し算や掛け算を頭で考えるのではなくそろばんを頭に浮かべて行うイメージ操作である。手先が不器用な私はそろばんだと1が2になったりしてよく間違うのだが暗算であれば頭の中の画像は瞬時に間違いなく対応してくれた。(昔はだけど。)これはまさに左脳での計算作業ではなく右脳でのイメージトレーニングと言える。右脳を良く使う人はぼけにくいと言われている。今からでもボケ防止を狙って“中高年暗算教室”・・・なんて如何なものだろうか。

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もったいないの功罪 - 2008/08

 先日ホテルのパーティで演奏する仕事があった。演奏の合間にホテルの厨房で一時休憩を取った。そこで何気なく眺めていると皿やコップが片付けられてウェイターやウェイトレスがどんどん運び込んでくる。どの皿も残飯がいっぱい。ビールや水割り等も殆ど手付かずのまま捨てられていく。このパーティはバイキング形式にしてこの有様である。「おいおい、食べないんだったら皿に取るなよ!」と言いたくなる。地球温暖化や省エネが叫ばれている昨今だが政治的解決は別にして個人レベルではこうした無駄をしないようにして欲しいものである。
 飛行機事故でなくなった向田邦子さんは小さい頃父親に刺身の醤油を多く皿に入れすぎて残すとエラク叱られたそうである。私自身も小さい時からで倹約を親から叩き込まれたために未だに倹約癖が抜けない。しかしこの倹約癖は必ずしも問題がないわけではない。家人は自分の残ったおかずを人の皿にそっと乗せる。乗せておけばきっとこの人食べるだろうという甘い考えなのだ。残飯処理機ではないっつうの。しかし食事が終わるといつの間にか皿の上はきれいに片付いている。かくて私の体重は一進一退を繰り返しスポーツクラブで余分な肉をそぎ落とさなければならないのだ。

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夢とトラウマ - 2008/07

 夢はトラウマ(精神的外傷)の鏡である。それにしてもこれほどしつこいとは恐れ入る。リタイアして間もなく10年になろうとしているのに未だに在社中の夢を見る。会議が始まるのに資料ができていない、新商品発売時期なのにパッケージが決まらない、売り出しが迫っているのにPOPが出来上がらない・・・・等など追い込まれた夢ばかりである。夢はその時に応じてパターンも変化する。デザイン関係をやっていた時はカラーの夢を良く見たが最近はモノトーンが多い。色が着いても部分的である。逆に増えてきたのは「音入り」の夢である。ハッキリとアドリブのフレーズとそのコードまで夢に登場する。我ながらいいフレーズだと思って目が覚めると案外陳腐でがっかりすることが多い。でもこうした夢はまだ愉しくて許せるがライブ会場に行っても客もメンバーもいない、いくら息を吹き込んでも楽器が鳴らないなんていうのは勘弁して欲しい。もっともタバコを吸わないのに夢の中で吸っている夢がここに来て漸く収まった。何と禁煙実行後30年を要したことになる。トラウマは心の底にそのくらい長く続くのかもしれない。

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芸能オンチ - 2008/06

私は自慢じゃないが(?)芸能オンチである。若いタレントの名前は殆ど知らない。というか若いきれいなタレントさんは皆同じ顔に見えてしまうのだ。奥菜恵というタレントの名前はずーっと「オク・ナエ」と思っていたら本当は「オキナ・メグミ」と言うのだそうだ。芸能関係だけではない。以前土樽山荘で「ここにはあの有名な植村さんも良くお見えになって」と言われ「その人ラッパ?」と聞いて仲間から「あの冒険家の植村さん知らないの、高橋さんは音楽の事しか知らねえのかよ。」と顰蹙を買ったのである。

かくも芸能オンチである理由はテレビをほとんど見ないからだ。連ドラは見ないし野球、サッカーもダメ。バラエティ番組に至っては全く無視だ。せいぜい時々観るのは好きな映画くらいか。そんな私でも昔の職業柄TVCMには格別の興味を持っている。商品連呼型の品のないCMは番組内容に関係なく即切り替えてしまうが半面「制作者はもっとかっこいいもの作りたいだろうに可哀そう」と制作者に同情の念を覚える。たまーに家で寛いでいると家人が「たまにはテレビ見なさいよ、じゃないと世間に遅れるわよ。」と言われて付き合うがその時間に見たい番組は殆どない。早々と愛器(サックス)と名盤(CD)の待つレッスンルームへ退散するのである。こうしてみると私の場合、「芸能オンチ」というよりは「テレビオンチ」と言う方が正しいのかも知れない。

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さよなら、ロクさん - 2008/05

新宿春のジャズ祭りが終わってホッとしている頃ロクさんこと鵜沢禄郎さんが亡くなった。享年74歳であった。彼は歌やドラムや司会等何でもこなす器用さの持ち主で音楽経験も豊富。特にその司会ぶりは会場を爆笑の渦に巻き込むほど面白くジャズ仲間に愛されていた名物男でもあった。これまで何度も危篤に陥りそのたびに不死鳥の如く復活を遂げてきたのである。最期に倒れたのは昨秋「新宿トラッドジャズ祭」初日であった。昼間はドラムをたたきソロまでやってあちこちの会場でジャズ仲間と挨拶を交わした。そして初日終了後打ち上げでにぎわう銅鑼で大好きな“アツアツうどん”を食べた。私も二言三言言葉を交わした後「また明日ね」と言って別れた。新宿3丁目近くの路上で倒れて救急車で運ばれたのである。それから昏々と眠ること4ヶ月、折しも「春の新宿ジャズ祭り」が終わった直後に亡くなったのである。彼の大好きだった「秋のトラッドジャズ祭」出演後に倒れ、そして「春の新宿ジャズ祭」終了後に旅立った・・・。まさにロクさんらしい絵に描いたような最後だったと言える。死に顔はピンク色に輝き元気な頃と同じお顔だった。もしかしたら天国の歓迎会で得意の"I’m in the mood for love“を熱唱していたのかもしれない。 ご冥福をお祈りする。 合掌。

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オールナイトジャムセッション・イン・土樽 - 2008/03

毎年恒例の土樽ジャムも今年で22回目を迎えた。会場となる土樽山荘は越後湯沢から上越在来線で15,6分ほどの無人駅土樽のすぐそばにある。かつてはスキー客でにぎわっただろうが数年前スキー場は廃止し、既にスキーリフトもない。この山荘もスキー客は泊まりに来ていない。ここにジャズ好きのプレーヤー、リスナーが70名余りも集結し、夜を徹して大騒ぎするのである。参加者は東京ばかりでなく、大阪、群馬、新潟から参加する者もいる。今年は猛吹雪となり往きでは最高11時間もかかって深夜に到着した者もいた。帰りも猛吹雪はやまず電車もベタ遅れ。全員寒い土樽駅でいつ来るか分からない電車をただひたすら待った。全く難民さながらの有様で電車が見えたときは皆一斉に拍手が起こったほどであった。こんなにひどい状態は初めてだそうである。しかし夜のジャムは例年にも増して大変な盛り上がりを見せた。7時から始まった1次会は12時で中締めし、その後はタフな連中が居残っていつ果てるともなくジャムセッションを繰り広げたのである。寝たのは明け方のホンの2,3時間であった。あんなに難行苦行の旅だったにも拘らず、無事東京駅にたどり着いた時にはもう来年の再会を約束しあったのである。

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マイ視力 - 2008/02

最近の報道によると今まで信じられていた「暗い所で目を使うと目が悪くなる。」という定説はうそだったらしい。私は前からこの説には疑問を抱いていた。というのは私の場合昔から暗い所での読書をはじめベッドで寝る前や揺れる電車の中など決して良い環境とは言えない読書を常としてきた。しかし中学生の頃仮性近視で両眼0,7となってからこの年まで約50年間全く視力は変わらない。近視の人は老眼になりにくいという通説どおりまだ老眼もさほど進んでいない。むしろ人間の器官はある程度の負荷をかけた方が良いのではないだろうかと感じている。但し視力はそれなりに低下しているようである。まず乱視。この影響は譜面を読むときに如実に表れる。思い切って白状するとかなり前から暗いステージ上ではドかミかは殆ど識別できない。半ば“勘”で吹いているのだ。そして暗い所での視力が落ちている。歩道のない道での薄暮の運転はとても危険である。1月末の免許証の更新では裸眼でセーフだったが免許証の記述に関係なく薄暮の運転では眼鏡を着用することを心がけている。でもステージ上では音間違っても絶対眼鏡かけないぞ!

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‘07年の漢字「偽」 - 2008/01

‘07年の漢字「偽」をテーマに駄句でまとめてみる。「偽(にせ)の字は 人の為よと うそを言い」。それにしても後から後から偽装問題が出てきたものである。毎週のように会社幹部のお詫び会見を見せられてこれでは「重役は お辞儀の練習 平素から」ということになってしまう。しかし一番ひどかった会見は吉兆の女将だ。「頭が真っ白になって・・・」と小さい声で指示、その通り幹部(息子かしら)が繰り返す。まるでアドリブソロの横でフレーズ歌ってやるようなものではないか。「お詫びでも 人のフレーズ 盗むバカ」。あれくらい覚えて来いっつうの。あれで先輩(?)の赤福の影も薄れたね。「赤福も お前にゃ負けたと 吉兆に」だろう。でも身近な所でもあるぞ。「エステ通い 賞味期限の 偽装なり」しかしこれは美しくなりたい涙ぐましい努力だから許すか。他人事ではない、自分も人間ドックでは偽装している。「酒の量 過少申告 誰のため」・・・反省!でも偽装問題は内部で抱えて公表できずほとぼり冷めるのを待って越年した企業もあったかもしれない。「亥(い)から子(ね)へ 物陰隠れて すばしこく」でバレずに済ませる奴がいないことを祈るのみだ。オソマツ!

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さよなら、フィジティフィートジャズバンド - 2007/12

長い間お世話になったフィジティフィートジャズバンドがいよいよ12月に解散する。このバンドは典型的なシカゴスタイルの白人系デキシーバンドである。私がこのバンドにクラリネットで加入しているのは業界の7不思議(?)だそうだ。そりゃそうだろう、これまで私が歩んできたデキシーバンドと言えば西のラスカルズ、東のラグピッカーズと日本を代表するトラッド系バンドであった。そして現在はアルトサックス中心のワンホーンバンドが活動の柱となっている。つまりシカゴスタイルのクラリネット奏者というのは全く畑違いなのだ。「高橋さん何故このバンドにいるの?」の質問は無数に受けた。在籍の理由はリーダー丸山の魅力に尽きると思う。彼はまだ家業のスポーツ用品卸業を経営する超多忙な社長である。だが演奏への情熱は熱く、演奏予定曲の譜面を必ず準備する。彼がアイドルと仰ぐワイルドビル・デビソン譲りのコルネットの練習は仕事の合間や深夜だそうだ。音楽的には何度も衝突した。譜面が苦手の私は良くミスるし、練習も良くサボった私は間違いなく“不良クラリネッター”だった。でも何故か彼とはウマが合いその情熱に惚れ込んだのだ。いよいよこのバンドのクロージングパーティが12月9日新宿ワシントンホテルのバーを借り切って行われる。きっと盛大なパーティとなるだろう、でもちょっと離席してトイレで涙を拭うかも知れない。この日はいつものように“お先に失礼”せず最後まで付き合うつもりでホテルも予約した。ありがとう!フィジティフィートジャズバンド。

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賞味期限 - 2007/11

今年6,7月中部地方での演奏旅行の際に赤福本店に立ち寄った。私は赤福という店を知らず「それって佃煮屋?」と言ったら「高橋さんだめだなあ赤福も知らないの?!」と仲間から大いにバカにされたものである。初めて食べた赤福餅は美味であった。それだけに今回ニュースで報じられた赤福事件には大いに驚いている。賞味期限の改竄は確かに悪い。ただ思うのだが今賞味期限が余りにもオーバーな規制になっていないだろうか。コンビニで余った期限切れの弁当は大量に捨てられている。地球のどこかに飢えで亡くなっている人が何万もいるのに。まあ弁当は下手すると食中毒の恐れもあるから百歩譲るとして、赤福のモチや白いチョコなんて少しくらい古くたって良いじゃないの・・・と思ってしまう。こうした厳格な規定は全て価格に転嫁されているのも忘れてはならない。賞味期限なんて製造月日だけ分かればあとは食べる人が勝手に判断すれば良いではないか。少しくらい古くたってそう味は変わらないしましてやそれを食べても命に別状はないだろう。先日古い酒を開封したら味も香りもすっかり変わっていた。こういう賞味期限こそもっと厳格に表示すべきなのだ!・・・あ、これってやはり酒飲みの繰り言かな?

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最近のスパム事情 - 2007/10

夏休み以降また一段とスパムメールが増えてきた。勿論毎日どんどんゴミ箱に捨ててはいるが私の知人と同姓から送られて来て「先日はどうも」等と書かれるとつい開いてしまう。開くと読むに耐えないえげつないお誘いが・・・。またゴミ箱行きは一括で処理してしまうが後でゴミ箱の中身を再チェックすると何件か正常のメールが紛れ込んでいる事がある。先日も送った着いてないというすったもんだがあったが後日ゴミ箱から発見されついつい言い出しかねてしまった。英語で送られるメールも多いがあれどういう積もりだろう。あんなもの誰も読みゃあしないっつーの。だけどスパムって誰が何のためにやっているのだろう。本当に不思議で仕方ない。「今晩主人が出張なので・・・」なんて言うお誘いに乗る奴もいるのだろうか。大体こうした文章は恐らく若いアンちゃんがニタニタしながらパソコンに向かって考えてるんだろうな。先日「ダイハード4」って言う映画を観たらネットで交通機関や政府の重要報道を麻痺させる「サイバーテロ」にブルースウィリスが立ち向かう話だったけど本当にああ言うことが起きたら大変だなと思う。まあそれに比べれば毎日膨大に届くエロスパムなんかはまだ可愛いものなのかも知れない。

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熱中症 - 2007/09

今年ほど「熱中症」と言う言葉を身近に感じたことはない。身内で2人もそれらしき症状に見舞われ、救急車や病院のお世話になったためである。熱中症って何だろう?調べてみたら熱中症には症状に応じて3段階あるそうだ。軽傷は熱けいれんで四肢や腹筋に痛みが走る。立ちくらみもこの段階である。次の段階は熱疲労と言われてめまい、疲労感、吐き気等の症状が現れる。ここまでは頭を冷やして水分を補給すれば何とかなる。第3段階が深刻である。高熱、意識障害、過呼吸、ショック症状などを起こすという。熱射病とも言われ、ここまで来ると救急車のお世話になり、下手すると死に至る。私もそういえばふくらはぎや腹筋のけいれんは何度か経験したがまさか熱中症の初期段階だとは夢にも思っていなかった。今月は各地で過去最高気温を記録したがまだ熱中症患者は増えることだろう。私は暑さに強い方だが新宿西口お祭り広場で3日間続いたライブは堪えた。駅コンコースもかなり暑いがそこから会場に入るとムーッと暑さを感じる。ステージはスポットライトと目の前の焼きそば屋の熱で全く「サウナ状態」であった。3日間の演奏で熱中症にならなかったのが不思議なくらいだ。この時期の私の暑さ対策は何と言ってもスポーツクラブでガンガン汗をかくことである。一度に1,5~2リッターの汗をかくのだが体重は一向に減らない。かいた汗以上に“補給が充分すぎる”からである。暦の上ではもうとっくに秋。この暑さに悩まされるのももうちょっとの辛抱だ。

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真夜中のシンデレラ - 2007/08 

最近は都内でライブ活動を行うことが多い。演奏は別にして最も気になることは帰りの電車である。昔は赤坂や渋谷の練習にも車で通っていたこともあるが今はとてもその元気はない。(酒飲むことも多いし。)最終または1台前に乗るためには11時前に店を出なければならない。六本木のあるお店では11時頃になると客がドッと押し寄せる。客席が賑わい始めた頃「お先に~」と帰ってくるのだから店主の受けが良いわけはない。「高橋さん、せめてあと30分くらいダメなの?」「ダメです!」そして夜の盛り場を疾走する。最近は都内の友人が湘南方面のライブに来ることも多い。彼らは10時半頃にはそそくさと駅に向かう。「どうだ、俺の苦しみ分かったか!」漸く電車に間に合っても満員電車に1時間程揺られなければならない。降車駅近くで席が空く事もあるが座らない。隣の駅で漸く座り、安心した途端に乗り過ごした苦い経験があるからだ。そして疲労困憊の体が無事我が駅に到着する。タクシー乗り場の長蛇の列を横目に「カボチャの馬車」に悠然と(?)乗り込むのである。

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