日記・コラム・つぶやき

活躍と闘病の7月

 7月初旬の三重ツアー前後はライブが密集した。三重ツアー中からも体はやや疲労を感じていた。その週末は我孫子でのライブがあり、遠方なので友人宅に泊めてもらうことになっていた。所がライブ中から脇腹が痛くなり食欲が全くない。終演後豪華な食事や酒が振る舞われたが一口も口にしたくない。それどころか途中から吐き気を催す始末である。こういう時に限って地元のファンから2次会にも接待があり、またも豪華な食事と酒。いつもならこれからという時間に無理を言って友人宅で床を取らせてもらった。翌日も新宿のライブである。立っているのがやっとと言う状態だがまあ何とか2ステージを消化。早目に帰って病院に直行した。結果は“腎臓結石”だそうだ。そういえば兆候がなかったとは言えない。スポーツクラブで運動するとその後血尿が出ていたのだ。しかし普段血尿は出ないし、別に痛くもかゆくもないので放っておいたのだ。今思えばあの時即病院に行くべきだったのかもしれない。まあしかしこの病気は腹が痛むだけで通常は大して緊急を要しない病気らしい。だから手術はのんびりと8月初めに決まった。確かに今年6,7月のスケジュールは質量ともやや飛ばし過ぎたきらいはある。だからこの病気は神からの「もうトシなんだからいい加減にしろよ!」と言う警告だったのかもしれない。

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我が街のアイドルスター

わが街海老名にもアイドルがいた。「生きものがかり」という3人編成のグループである。数年前までは海老名駅の周辺で投げ銭ライブをやっていたがその時は大して観客も多くはなかった。それが今はどうだ、紅白の常連にまでなっているではないか。彼らは男性2人女性一人のメンバーだが男性二人は海老名に住み、厚木高校の卒業生だ。女性は逆に厚木に住み海老名高校の卒業生である。男性の一人の実家が我が家のすぐ近くにある。(勿論本人はそこに住んではいないが)このグループは若い女性には絶大な人気があるようだ。以前私の教室に通っていた中学生の生徒に男性メンバーの家のすぐ近くを通ってその家を紹介したら大変尊敬のまなざしで見られた経験がある。別にアイドルの近くに住んでいるからと言っても全く自慢の種にはならないのだがファンにとっては重大事なのだろう。改めて彼らの唄を聴いてみるとメロディ、歌詞ともなかなか良いものを持っていると感心する。しかもヒット曲が多いのは才能が満ち溢れている証しだろう。今では海老名駅(小田急)の着メロは上り下りとも彼らのヒット曲である。この夏は市内の特設ステージで“凱旋ライブ”をやるそうで市内は燃えている。

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“マディソン郡の橋”を観て

「マディソン郡の橋」は20年前公開されたクリント・イーストウッド、メリル・ストリープ主演の恋愛映画である。公開時に一度観たことはあるが今回、ニューヨークから帰る飛行機でたまたま再度鑑賞する機会を得た。今この歳になって再鑑賞してみると新たな感慨に浸ることができたのである。★アイオワの農家の主婦フランチェスカが家族の留守中に道を尋ねて訪れた写真家のロバート・キンケードと恋に落ちる。言わば単なる不倫物語である。しかし今回鑑賞して改めて感心したのは主役メリル・ストリープの演技力である。★最初キンケードと会うときはどこかに恥じらいを持った単なる農家のおばさんである。やがて彼に恋すると俄然美しい女性に変身する。しかし楽しい4日間はあっという間に過ぎ、やがて別れの時が来る。その別れの辛さにキンケードに駄々をこねる時には完全に「一人のおんな」になっている。★たった4日間でこれだけ女の移り変わりを表現できるなんてすばらしいではないか。彼女がこの映画を単なる不倫物語から質の高い恋愛物語に昇華させているのではないだろうか。★結局キンケードとの駆け落ちは諦めて家に残り、4日間の外出から戻った家族を迎える。そこには農家の主婦としての日常が待っている。★恋愛映画のストーリーなんて言うのは単純で「会って・・・別れる」ただそれだけだ。たかが恋愛映画されど恋愛映画である。

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ー 女性の男ことば ー

若い高校生などが仲間うちで男ことばを話すのはそう悪いものではない。まだ可愛げがある。ただ先日待機児童の選に漏れた母親がネット上に「政府死ね」などと大変汚いことばでその不満をぶちまけていた。不満は良く分かるがこの言い方は如何なものか。国会でも取り上げられた話題であり、内容は深刻で鋭い問題の投げかけであった。それだけにネット上で皆が読むことを目的の書き込みに匿名とは言えああした汚い言葉遣いは大変不愉快に感じた。あの母親は子供にもああいう言葉で接しているのだろうか?そういう態度や言葉遣いで育てられた子供は恐らくいじめに加担する子供になるのではないかと余計な心配をしたくなる。また先日マラソンランナーの福士がトップでゴール後のインタビューで「これでオリンピック候補は決まりだべ。」と語っていた。なぜテレビでのインタビューに敢えて汚い方言言葉を使わなければならないのか?男子でもあんな汚い言い方はしない。しかも彼女のスポンサー企業は女性下着の高級ブランド「ワコール」である。企業イメージに大きなダメージを与えたのではないか。大体男子のスポーツ選手は観ていて清々しい態度の選手が多い。きちんとした言葉遣いで対応も立派である。私は前から福士は明るく好感を持っていたがあの一言で幻滅である。女性の皆さん、なるべくきれいな言葉を使って下さい。

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年男を振り返って - 2015/01

 2014年は私の第6回目の年男であった。出足順調にスタートしたが年後半に入り親族や友人の葬儀、自分自身や友の病気、身辺の諸問題などがあり、バタバタであった。
まあしかし悪い事ばかりだったわけでもない。旅行をよくした年でもあった。2月の千葉館山、4月のニューオリンズ、5月の会津、7月三重ツアー、9月新潟、12月四国など方々に旅をした。多忙な中これだけ各地を駆け回れたのは幸運であった。どこも印象深く心に残っている。
演奏面で特筆すべきことは3点。第1はニューオリンズではフレンチクオーターフェスティバルでのステージ初演奏。そして昨年退団したBig18オーケストラ50周年キネンコンサートへのゲスト出演、それに国内の初出演ライブハウスでのライブやセッション参加であった。ライブハウスでは新たに多くのプロアマミュージシャンと親交ができた。今年を総括してみれば原点はあったもののまあ60点くらいだろうか。
かくて年男の2014年は瞬く間に終わり、次の2015年が始まる。この歳で取り立てて抱負という大それたものはない。
しかし振り向けば私ももう“業界最古参”となってしまった。これからは1年1年を大切に生きて行きたいと考えている。それには先ずは健康であることが一番である。そして人とのつながりを今まで以上に大切にしていきたいものである。来年もよろしくお願い申し上げます。

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日本語のむずかしさ - 2014/10

 文化庁が行った日本語の理解度調査結果は大変興味ある内容であった。最も意外だったのは“世間ずれ”という言葉の解釈。
 “世間を渡ってずる賢くなっている”という意味が正解なのだが“世の中の考えから外れている”と解釈した人が圧倒的に多かった。このずれとはすれっからしやあばずれなどのように世間慣れした意味からきているのだが本筋からずれるの意味での誤訳だろうか。また議員などが良く言う言葉で“やぶさかではない”を喜んでする“という意味の逆に”仕方なくする“の意味で捉えている人が多かったそうである。
 また良く用いられる外来語で”コンセンサス“(合意)や”プライオリティ“(優先順位)の意味が分からない人が多かった。まあこれはさもありなん・・・と言えなくもない。何故なら私のパソコンではプライオリティは上手く変換ができなかったから。
 私の周囲でも良く言う言葉で”気のおけない友“という言葉を本来の”気兼ねなく付き合える友“とは逆に”油断ならない友“と捉えている人もいる。
 ただ私も未だに明確に区分できない言葉もある。”おざなり“と”なおざり”はどう違うのだろうか?どちらもいい加減に物事を処理する意味だと思うのだが何となく違うニュアンスを感じる。おざなりは通常安易に妥協してなあなあで対処することであり、なおざりは処理すべきことに真剣に取り組まずいい加減に放置する・・・という意味だと思うのだが。博識の方がいらしたら是非教えて欲しい。日本語は難しい!ものである。

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夏休みの終わり - 2014/09

 8月も終盤を迎えるとあの悪夢のような夏休みを思い出す。この頃から9月の新学期はあっという間にきてしまう。所が宿題は終わっていない。苦しみの日々が続くのである。
 小学校時代、一般科目のテキスト、いわゆるドリルは案外得意だったので休みに入ると数日で片付いてしまう。所が最後まで残る宿題は図工で8月の終盤にわかに焦り始める。元々ブキな私はその時期になっても何を作ったらよいかアイディアさえも浮かばない。ある時は団扇の紙をはがしてそこに適当に描いた絵を張って何とか茶を濁したがこれなどまだ良い方で焦りの中に日にちだけが過ぎていく。最終的には器用な友達に頼んで模型飛行機などを作ってもらう。見返りは彼のやり残したドリルの手伝いである。この頃から既に私の“外注依存体質”は出来あがっていたようである。
 もっと困ったのは“絵日記”と言う代物だ。これには参った。ずーっとため込んでいるので何をやったかなんて覚えてない。まあ記事の方は創作力(?)を発揮して何とかでっちあげるのだが困るのは天気と絵である。今ならネットで調べれば毎日の天気は検索できるのかもしれないがその当時は皆目わからない。これも友人の絵日記を借りて何とか辻褄を合わせるのだ。
 これらの作品は新学期になると公表され家族も観に来る。ある時作品を観に来た祖父から「三雄、あの絵日記の絵はもう少し何とかしろよ!」との鋭い一言。そりゃあできることならとっくに何とかしているのだ。夏の日の悪夢の想い出である。

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最近の活動報告 - 2013年12月

--- Big18でのラストコンサート ---
Big18オーケストラは結成49年を迎えた。つまり前回の東京オリンピック開催の1964年結成の日立企業バンドである。その後日立から独立して一般社会人バンドとなり現在に至っている。私とこのバンドのつながりはBig18が新生社会人バンドとして発足して以来のつながりであり、かれこれ30数年に及ぶ。しかし最近このビッグバンドの活動と私の個人的な活動が重複するため両方に軋轢を生じてきた。(スケジュール上の軋轢であり仲たがいしたわけではない。)特に今年の後半はタイトなスケジュールのためかなり周囲に迷惑をかけてしまった。これ以上続けていては虻蜂取らずになるのは目に見えているため熟慮した結果今年限りで退団を決意したのである。こうした思いを胸に秘めてのクリフサイドラストコンサートであった。やはり長年一緒にやってきた仲間と別れるのは辛い。その上に毎回コンサートにいらしてくれるお客様を裏切ることにもなり、このことが更に私を苦しめた。11月の定期演奏会には150名余り、クリフサイドには60名余り私のファンの方がいらしてくれている。外交辞令とは言え、終演後は一様にお褒めの言葉を戴き、次回の来場を約束してくれる方も数多い。本当に感謝感激である。今回はそうした思いを胸に秘めてのラストコンサートであった。
《当日の演奏プログラム》
第1部
(Big18オーケストラ)
1、 Take the A train
2、 Night in Tunisia
3、 Winter wonderland
(沖野ゆみさん登場)
4、 Shiny stocking
5、 ‘S  wonderful
6、 The Christmas song
7、 Can’t take my eyes off of you
(Big18オーケストラ)
8、 What a wonderful world(トランペットソロ)
9、 Yokohama on my mind
第2部
(Big18オーケストラ)
1、 Medley of Christmas songs
2、 鈴かけの径(クラリネット2本のソロ)
(沖野由美さん)
3、 The lady is a tramp
4、 Satin doll
5、 New York state of my mind
6、 It don)t mean a thing
(Big18オーケストラ)
7、Misty(アルトサックスソロ)
8、Basie!
アンコール
1、 White Christmas(沖野さん)
2、 In the mood
3、 幸せの黄色いリボン
《感想》
初共演の沖野ゆみさんはとてもパンチの利いた歌唱力でジャズのノリが心地よい。そして英語の発音もさすがバイリンガルだけあってバッチリ。素晴らしいヴォーカルであった。性格も明るくとても楽しい初共演となったのである。
最後のMistyソロではさすがに万感胸にこみ上げて涙を抑えるのに苦労した。
さようなら、Big18オーケストラ!

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降って湧いた事故 - 2013/12

 11月初め、不運にも交通事故に巻き込まれてしまった。事故の顛末はこうである。信号のない交差点で一旦停止の交差点を止まらずに走ってきた自転車が私の車に激突、フロントガラスを大破し路上に転落した。この交差点は東名高速の下を潜り抜けるトンネルを出たすぐの場所にあり、見通しが悪いのでいつも徐行して細心の注意を払っているのだが自転車のスピードが余りに早く除けることは出来なかった。自転車の人はすぐ救急車で病院へそして車はフロントガラス大破でJAFにより修理工場へ。
 こうした車対自転車事故では周知の通り先方が100%悪くても車に70~80%の責任が課せられることになっている。しかも先方は保険に入っていないので損害は殆どこちらの持ち出しとなる。全く踏んだり蹴ったりとはこの事である。
 ただ今回の事故で唯一の救いは車の派手な損傷の割には先方が奇跡的に殆ど無傷であったことである。何故なら彼は東名高速の工事関係者のためヘルメットを着用したことが幸いしたのである。そして事故の過失を全面的に認めているのであるがそうした責任の所在とは別にあの衝突時に人間が空から降ってきたようにフロントガラスに激突して落下、一瞬にして全面にひびが入った衝撃は忘れられるものではない。当分トラウマとなり夢にも現われるであろう。
 結局事故車は廃車となり新車に切り替えることとなった。読売新聞に掲載された久保田万太郎の句。「災難もこれで済めばや年の暮」・・・まさに実感である。

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気になる”尾てい骨座り” - 2013/09

 最近電車内で尾てい骨を座席の前に置き脚を前に投げ出している若者の姿をよく見かける。“今どきの若者は・・・”などとじじくさい言い方はしたくはないがあの坐り方は止めて欲しい。

 今の若者は脚が長いのであの坐り方だとかなり車内の中央まで足が届いてしまう。通路を通る人に多大な迷惑がかかるばかりでなく、格好悪い事この上ない。それにあの坐り方を続けると将来腰痛、肩こり、痔、内臓疾患などの障害を招きやすい。(余計なお世話ではあるが)彼らは家でも会社でも学校でもああいう坐り方をするのだろうか。そして親や上司や教師は何ともいわないのだろうか。不思議である。

 幸か不幸か在社中、我が社長は椅子の座り方に極端にうるさかった。きちんとした座り方の指導を何度受けたか分からない。その時は“うるせえな“と思ったものだが確かに長時間の会議などで姿勢を崩して椅子に腰かけているとすごく疲れる。正しい座り方でないととてもじゃないけど体が持たないし頭も回転しない。要は背が背あてに直角に触れるように深く腰掛けろ・・・ということである。

 ああいう姿で寝そべってヘッドフォンなどを聴いている姿を見るにつけ志ん生流に言えば「あんなカッコで脚おっぴらいておまけにヘッドフォンなんかカシャカシャと小うるせえ音を聴かされた日にゃあ、近づいてって首の一つも締めてやりたくなっちまうな。」である。

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