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2018年5月

浜までは 海女も蓑着る 時雨かな

 この句は播磨の俳人滝瓢水の詠んだ句である。兵庫県加古川市の海鮮問屋を継いで財を成したが大変な粋人で店を没落させた。やや変わり者の俳人である。彼の句に“浜までは・・・”と言う表題の名句がある。この句はどうせ海に入れば濡れてしまうのだがそれまでは雨にぬれないよう蓑を着る身だしなみの美しさを詠んだのであろう。
 しかし実はもっと深い意味があったのだ。この句のできた経緯はこうだ。瓢水の高名を聴いた禅僧が訪ねてきたが風邪気味で薬を買いに行って留守であった。そこで禅僧は“瓢水を見損なったな、未だに風邪一つで健康に未練があるなんて・・・”と立ち去ったという。そこで彼は禅僧に対し標題の句を送ったのである。僧は己の浅はかさを反省し、瓢水に詫びたそうである。この句の浜は死を意味する。
 つまり人間は得てして“どうせ死ぬのだから”と言ってたしなみを忘れ、努力を怠る。”どうなっても良い”ではいけないのだ。しっかりした生き方をする者は最後まで最善の努力をする必要がある・・・と言いたかったのである。
 この事は現代の我々の意識にも相通ずる点である。もう私の歳になると“浜”まではそう遠くない。足元に海が迫っているかもしれない。しかしそれまでは瓢水を見習い、精一杯見苦しくない生き方をしたいものである。

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