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Kamiさんを悼む - 2009/11

 また親しい友が天国に行ってしまった。kamiさんこと上平さんと始めて出会ったのは田村能里子画伯の壁画鑑賞ツアーのバスであった。二人とも“美人画家”田村能里子さんのファンでたまたまバスの臨席どうしだったのである。彼は三浦半島のタウン紙「朝日アベニュー」編集責任者を務めていた。そこで私が「横須賀といえばジャズ、何かジャズに関するエッセイみたいなものがあっても良いんじゃないですか。」と提案した。彼は「あ、それ良いですね、早速考えてみましょう。」・・・と数日後「ではみつおさん、執筆の方、宜しく!」となった。「いや、私が書くというわけではなく、そういう記事があってもいいなと言うだけで・・・。」と固辞したのだが「まあ固く考えず、1年間くらいでも結構ですから。」と上手い言葉に丸め込まれて「よこすか・オン・マイ・マインド」(わが心の横須賀)の連載を開始したのである。

 それから早や8年、連載は92回を数えることになった。その後彼からはメーリングリストの「すばる」を紹介され私の友人の輪は格段に広がった。また私の後援者としてライブの告知宣伝では大いに世話になった。8月の第6回追浜コンサート打ち上げでは共に大いに飲みかつ語り合ったのである。

 残念ながら「朝日アベニュー」紙は彼の死によって休刊となってしまった。あと8回で100回記念をやろうという話もあったのだがそれも立ち消えである。今でも横須賀に帰ると向こうから大きな声で笑いながらkamiさんが飄々と歩いてくるような気がしてならない。ご冥福をお祈りする。

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